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未来図鑑

【卒業生インタビュー】

イラストレーター・画家/成安造形大学非常勤講師
谷口 愛

無茶だと言われても、
とりあえずやってみないと
始まらない

谷口愛さんが描く絵の世界は、見る人それぞれに優しい物語を想起させる。それはクスリと笑える純粋無垢な動物たちの表情や仕草、マチエールを使った美しい色彩の背景が、誰もが持つ幼心とリンクするからだと思う。毎年日本各地で個展を開催しながら、フリーのイラストレーターとしても活躍する彼女は、どのような作家人生を歩んできたのか? 谷口さんのアトリエを訪ね、お話を聞いた。

「大地をつくろうもの」(2012年)
「華やかなるティーパーティ」(2013年)

—谷口さんが、現在のようなマチエールや絵本タッチの絵に興味を持ったのはいつ頃ですか?

大学入学時は漫画やゲームのキャラクターデザインをやりたいと思っていたのですが、マチエールや色彩を教えてくださった先生の影響で、描く絵の方向性や、興味が随分変わりました。先生が楽しそうに描いているスタイルや、充実した生活を送られているのがうらやましかったのも、イラストレーターの道へ進みたいと思ったきっかけですね。

—先生との出会いが人生を変えたんですね!

そうですね。当時いらっしゃったスタジオジブリ作品『耳をすませば』の背景を描かれた井上直久先生と、今も成安で教員をされている宝永たかこ先生の存在は大きいですね。
画風的にはマチエールを教えていただいた宝永先生に一番影響を受けたのですが、井上先生には、絵との向き合い方や考え方を教えてもらいました。

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—具体的にどういうことを教えてもらったんですか?

井上先生からは、いろんな作家の真似をしないと上手くならないと教えてもらいました。ただ真似で終わるのではなく、自分の方が良いものが描けるという気概が大切だと。もう一つは、真似をして同じように描いたとしても、個性は自然と出てくるので、無理にオリジナリティをつくろうとしないということ。それを聞いたときは目からウロコでしたね! オリジナリティを出さないとって、必死だったので気持ちが楽になったのを今も覚えています。それ以来、いろんな作家の絵を見て勉強するようになりました。

—どんな作家の影響を受けたんですか?

ドイツの画家ミヒャエル・ゾーヴァの描写の仕方や、水彩画家リスベート・ツヴェルガーの構図空間の取り方、描き込まなくても描いているように見える巧みなデッサン力は今も参考にしています。 高校生のときは特に好きな作家はいなかったのですが、井上先生が好きな作家を聞かれたら10人はすぐに言えるようになれっておっしゃっていて。1・2年生のときは、いろんな展覧会を見に行きました。休日は美術館をはしごして周ったり、図書館へ絵本を見に行っていましたね。いろんなものを観てインプットしておくと、描くときに出てくるんですよね。今も個展の〆切りに追われると好きな作家の絵がパッと出てきたりします(笑)

—お話を聞いていると、谷口さんが大学でまっすぐ熱心に学ぼうとしていたのが伝わってきます。

あの頃はぐいぐい食いついていました(笑)。授業のあとも先生に質問をしたり、授業で描いた絵をぜんぜん違うジャンルの先生にも見せて指導してもらっていました。そういうことをやっていたからこそ、今の自分のスタイルがあると思います。

—谷口さんは1枚の絵を描くときに、どのようなプロセスで進めていくんですか?

展覧会があるときは、1つのテーマを決めて、キーワードを紙に書き出し、キーワードと動物がうまく組み合わせられるかを考えます。例えば「遊び」をテーマにしたときは、「手芸」というキーワードと「羊」を結びつけて、星座を編んでいる羊を描きました。編み物をしているだけでは普通なので、物語や想像を膨らませられるような、一コマ漫画のイメージでいつも描いています。

—描く前に下書きはするんですか?

ほとんど下書きはしないです。背景の色を塗った仕上がりを見て、どこに何を描くかを決めています。今描いている作品のテーマが花で、海の中で花に見立てたイソギンチャクを摘んでいる女の子の絵なんですが、背景の上に水彩色鉛筆でアタリ(下書きを単純化したもの)を取りながら、構図のバランスをみてアクリル絵の具で直接描いていきます。授業ではちゃんと下書きしたものを写しなさいっていうんですけど(笑)。簡単な構図だったら直接描いたほうが早いときもあるので。

—非常勤講師をしながら、書籍の装画や挿絵のお仕事をフリーランスでされていますが、お仕事につながったきっかけは何だったんですか?

卒業後、井上先生の紹介で東京にあるイラストレーション専門のギャラリー『ギャラリーハウスMAYA』で個展をやらせてもらえることになったんです。周りからは東京でやるのは早すぎるとか、無茶だとか言われたんですが、MAYAは出版社の方がたくさん出入りするギャラリーなので、知ってもらうきっかけになればという思いで挑戦してみました。そしたら周りの人が言う通り、お客さんも来ないし、手応えはまったく感じられなくて…。

—まだ、無名ですもんね。しょうがないと思います。

でも、MAYAの担当の方が最低3回は続けてやらないと出版社に認知してもらえないと言っていたので、次の年も個展を開催しました。そしたら、東京の出版社の方から、ピーターパンの翻訳本を上下巻で出すので、表紙を描いてもらえないかという依頼がきたんです! 私が描く女の子が、主人公の女の子のイメージにぴったりということでお話をいただきました。続けて個展をやる大切さを、身をもって体験しましたね。

「たくさんのお土産」(2005年)

—装画のお仕事って出版社から細かいリクエストがあるんですか?

ピーターパンの翻訳本は上下巻でつなげて1枚の絵になるようにというのと、青色というテーマカラーだけありました。絵のテイストに関しては、私の世界観を気に入ってくださっていたので、細かい注文はなく進行はスムーズでした。

—MAYAでの個展が、今につながる大きな一歩になったんですね。

そうですね。東京はギャラリーにもよりますがレンタル料や、滞在費、額代などを含めると、1週間で30万円以上はかかったので、金額は高いんですけど、とりあえずやってみないと始まらないと思ったんです。

—仕事をいただいたのをきっかけに、東京へ行こうとは思わなかったんですか。

それはぜんぜん思わなかったですね。ゴミゴミしているし、怖いし(笑)。実家が岡山の田舎なので、関西だったら行き来しやすいという生活の面もそうですけど、ちょうどその頃成安で色彩の授業をやってみないかって声をかけていただいたのもあって。その後も、出版社からは継続して仕事をいただいているので、関西でも仕事は続けていけると思っています。

—今後挑戦してみたいお仕事はありますか?

お世話になっている出版社の方から、私の絵でだまし絵本をつくりたいと言ってくださっているので、それを形にしたいですね。物語もつくらないといけないので、どこから手をつけていこうか、今考えているところです。 あと、非常勤講師として、私が先生に教えてもらったことを、学生たちに伝えていきたいです。作家として絵を描くことを選ぶ学生たちの目標になれたらいいですね。

—最後に、谷口さんが2017年4月、イラストレーション領域に入学するならば、専門コースと、専門コース以外に複数の授業を選択できる他のコースは、それぞれどれを選びますか?

今だったら、「アートイラストコース」を専門で選んで、他のコースは絵本のお話を考えられるようになりたいので、「マンガ・絵本コース」を学びたいです。2017年に入学する学生には、1年生のときから総合的な学びをしっかりやって、自分に合うコースを見つけてほしいですね。振り返ると、私自身、大学で総合的な学びを経験したからこそ、自分の進むべき道を見つけることができたのだと思います。

谷口 愛 Ai Taniguchi

岡山県出身・京都市在住。2003年 成安造形大学 イラストレーションクラス卒業、2005年同学研究生卒業。2006年「ギャラリーハウスMAYA」で開催した個展『愛好家たちのいる情景』を皮切りに、様々な絵本の装画や挿絵を手がける。代表作に『ピーターと星の主護団』(2007年)、キンダーおはなし絵本『まちのネズミといなかのネズミ』(2009年)・『あまのがわでさかなつり』(2011年)など。
http://ww2.wt.tiki.ne.jp/~boucyan/

取材・文:西川有紀(G_GRAPHICS. INC)